あなたが消えた夜に 感想
- 2015/06/16
- 13:39
中村文則「あなたが消えた夜に」読み終わりました。
メインキャラである、
所轄の刑事の中島と、
警視庁捜査一課の女性刑事の小橋が、
「コートの男」と噂される連続殺人犯を追う話です。
いつもの中村文則の、
主人公の危うさが見え隠れしつつも、
大筋においては、すごく本式の(?)ミステリーでした。
主人公達と事件を追いながら、証言を集めながら、
徐々に事件は複雑化して行き、思いもよらない真相が現れる、という、
本式の刑事物ミステリーでした。
とても面白かったのですが、
中盤まで私は、別の意味でどきどきしてしまいました。
中村文則が…普通の刑事物ミステリーを書いている!このまま普通に事件が解決されて終わったらどうしよう…と思っていたのですが、
杞憂でございました。
やはり中村文則でした。
ひとあんしん。
終盤は、筆者特有の、悪意と狂気に満ちた展開になりました。
ひとあんしん。
とこのように書くと、
中村文則の著作を読んでいない人にとっては、
私はなんという悪趣味かとなりますが、
違うのです。
中村文則の書く悪意と狂気をよむと、
それはむしろ、
正しさと優しさと純粋さの発露であるように思えてくるのです。
わたしは、
本の中の主人公達のように、
狂気に陥ることは絶対にないだろうことを確信していますが、
それは自分が、
ずるくて残酷で正しくないからではないかと、
そんな風に思ってしまいます。
確かに主人公達は、
社会から逸脱し、法を犯し、他人の人生を侵害していますが、
それは確実に罪ですが、
では、
法を犯さずに普通に生活をしている私たち大多数に、
罪が全くないとでもお思いですか。
見てみぬ振りをして、
他人を押しのけながら生きている私たちに、
罪が全くないとでも!
と、このような感じです。
なので、
自分の罪と向き合って、悪意の中にどんどん堕ちていく主人公達の行動を目の当たりにしすることで、
自分やこの社会が、
自分たちの中の悪と向き合うこともせず、
平和の中でのうのうと生きていることこそが、
むしろ卑怯で正しくないのではないかと、
思わされるのです。
先人が築いてくれた平和の中で、
何を言っているんだという向きもあるかもしれませんが、
生まれてから一度も生活に困ったことがないことがどんなに素晴らしいことなのか、
もちろん相対的な知識はありますが、
実感としては感じていない、というのが正直なところです。
そしてそれも罪であると気づいてもいます。
生きている以上、罪からは逃れられないことはわかっているのですが、
私は卑怯なので、すぐにそこから目をそらして、本当に忘れてしまうのです。
そしてそのことこそ、
自分の罪を忘れてのうのうと暮らすことこそが、
本当の悪であるような気がするのです。
あ、なんか宗教色がでてきましたね。
ちなみに私は無宗教です。
無宗教ですが、
伊坂幸太郎の本にあった、
いつから「宗教」という言葉が非難語になったんだろう、
というようなフレーズが、忘れられません。
だいぶ脱線しました。
「あなたが消えた夜に」という題名は、
同筆者の「去年の冬、きみと別れ」を読んだときと同じように、
このタイトル…中村文則の小説としてはどうなの、
と思いましたが、
最終的に、
「去年の冬~」と全く同じ感想になりました。
あなたが消えた夜に、に続く文章が、たいへん素敵だと思いました。
前回も、去年の冬、きみと別れ、僕は、と続く文章にくらくらしましたが、
この手のタイトルのときは、
要注意ということですね。
最後に、
メインの2人は、
キャラが立っている割に(立ちすぎててちょっと軽い感じがしてしまうくらいでした)、
あまり活躍していないように思えたのですが、
これはもしかしてシリーズ化フラグでしょうか。
小橋さんなんかは、
他の小説にだしてもよさそうですが、どうなのでしょう。
メインキャラである、
所轄の刑事の中島と、
警視庁捜査一課の女性刑事の小橋が、
「コートの男」と噂される連続殺人犯を追う話です。
いつもの中村文則の、
主人公の危うさが見え隠れしつつも、
大筋においては、すごく本式の(?)ミステリーでした。
主人公達と事件を追いながら、証言を集めながら、
徐々に事件は複雑化して行き、思いもよらない真相が現れる、という、
本式の刑事物ミステリーでした。
とても面白かったのですが、
中盤まで私は、別の意味でどきどきしてしまいました。
中村文則が…普通の刑事物ミステリーを書いている!このまま普通に事件が解決されて終わったらどうしよう…と思っていたのですが、
杞憂でございました。
やはり中村文則でした。
ひとあんしん。
終盤は、筆者特有の、悪意と狂気に満ちた展開になりました。
ひとあんしん。
とこのように書くと、
中村文則の著作を読んでいない人にとっては、
私はなんという悪趣味かとなりますが、
違うのです。
中村文則の書く悪意と狂気をよむと、
それはむしろ、
正しさと優しさと純粋さの発露であるように思えてくるのです。
わたしは、
本の中の主人公達のように、
狂気に陥ることは絶対にないだろうことを確信していますが、
それは自分が、
ずるくて残酷で正しくないからではないかと、
そんな風に思ってしまいます。
確かに主人公達は、
社会から逸脱し、法を犯し、他人の人生を侵害していますが、
それは確実に罪ですが、
では、
法を犯さずに普通に生活をしている私たち大多数に、
罪が全くないとでもお思いですか。
見てみぬ振りをして、
他人を押しのけながら生きている私たちに、
罪が全くないとでも!
と、このような感じです。
なので、
自分の罪と向き合って、悪意の中にどんどん堕ちていく主人公達の行動を目の当たりにしすることで、
自分やこの社会が、
自分たちの中の悪と向き合うこともせず、
平和の中でのうのうと生きていることこそが、
むしろ卑怯で正しくないのではないかと、
思わされるのです。
先人が築いてくれた平和の中で、
何を言っているんだという向きもあるかもしれませんが、
生まれてから一度も生活に困ったことがないことがどんなに素晴らしいことなのか、
もちろん相対的な知識はありますが、
実感としては感じていない、というのが正直なところです。
そしてそれも罪であると気づいてもいます。
生きている以上、罪からは逃れられないことはわかっているのですが、
私は卑怯なので、すぐにそこから目をそらして、本当に忘れてしまうのです。
そしてそのことこそ、
自分の罪を忘れてのうのうと暮らすことこそが、
本当の悪であるような気がするのです。
あ、なんか宗教色がでてきましたね。
ちなみに私は無宗教です。
無宗教ですが、
伊坂幸太郎の本にあった、
いつから「宗教」という言葉が非難語になったんだろう、
というようなフレーズが、忘れられません。
だいぶ脱線しました。
「あなたが消えた夜に」という題名は、
同筆者の「去年の冬、きみと別れ」を読んだときと同じように、
このタイトル…中村文則の小説としてはどうなの、
と思いましたが、
最終的に、
「去年の冬~」と全く同じ感想になりました。
あなたが消えた夜に、に続く文章が、たいへん素敵だと思いました。
前回も、去年の冬、きみと別れ、僕は、と続く文章にくらくらしましたが、
この手のタイトルのときは、
要注意ということですね。
最後に、
メインの2人は、
キャラが立っている割に(立ちすぎててちょっと軽い感じがしてしまうくらいでした)、
あまり活躍していないように思えたのですが、
これはもしかしてシリーズ化フラグでしょうか。
小橋さんなんかは、
他の小説にだしてもよさそうですが、どうなのでしょう。